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G's voice

英会話カフェを経営している男が、それとはほぼ無関係な事を酔った勢いで、無責任に書くコーナー。途中からまじめに小説家を目指すに至る。
許す事、忘れること(2)
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           *

    追悼集会の話にもどるが、宗教でさえそう考えているのだから、やはり個人的な気持ちは自由にするとしても、大勢を先導する行事などの意味を、もう少しちゃんと考えてやるべきではないかと思う。故人を思い出して悲しむ事は自由だけれど、それが故人の為だと思っているならどうかな、と思う。まあ、それも含めて自己満足なのだろうけれど。


    追悼集会を単に「故人を偲ぶ会」にしてしまうと、その故人の遺族などの生きている方々のために、決して良いものにはならない(言い切ります)。多分こう言ったものは、同じあやまちを将来起こさない為に行われるべきものなので、そう言った努力が見ている人に認められる様な形にできないだろうか。

    感情は抑え、どうしたら今後や自分たちのプラスになるのか。

    その経験を後に伝える為であったり、故人の想像できる意思を慮り、自分たちはどうするべきかを考えたり、何かこれからのプラスになる事を考えるための集会や行事にするべき。

    例えば、悲しむ事が目的ではないから、「泣かない」と言うルールを作るとか。馬鹿げて聞こえるかも知れないが、追悼集会自体に目的があるとしたら「その為の努力」である。
     

         *
     

    放蕩息子の話に擦り合わせて、いずれにしても、その人の残りの人生の為に、自分が許すべき事、自分自身が忘れた方が良い事があるのではないかと思う。それはその方のみならず、故人の意志でもあるはずだ。
     

          *
     

    結論

    ある一部の過去の忘れること(許す事)によって、自分のプラスになる事があるのだと言う事、引きずる事で、マイナスになると言う現実を受け入れること。


    (了)

    | 許す、忘れる | 19:51 | comments(0) | - | - |