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G's voice

英会話カフェを経営している男が、それとはほぼ無関係な事を酔った勢いで、無責任に書くコーナー。途中からまじめに小説家を目指すに至る。
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ミリ「離婚」(3)
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    離婚(3)

     

     

     

     ミリに本気で別れを告げた時の事は、はっきり覚えている。

     その瞬間店内は氷り付いた。

     

     その日は、初めての結婚記念日だった。

     僕はすぐ近くにあって、気になっていたけど高そうで入れなかったお店に席の予約を入れた。ミリもその小料理屋風の店を気にしていた様で、あそこのかどの、と言ったらすぐに分かった。

     彼女は僕の少し後をスキップの様な小走りな感じで歩き、その時の僕も多分何処か楽しい特別な場所に行くような、決して重苦しい気分ではなかった。しかし、その片隅で今日言うと固く心に決めていた。


     

     店は入り口は小さく和風で笹が植えてある。低めの引き戸を潜り中に入る。店自体は小さく見えたが、中に入ると奥行きはあった。伝統的な和風の小料理屋風ではあったが、カウンターや内装はすべて新しい感じで、とても清潔感があり、中から見ても、もやはり高そうだった。女中(って感じ)は着物を着ていて、「いらっしゃいませ」ではなく、「ん」と「は」にアクセントを置く京訛りの具合で「こんにちは」と声を掛けて来た。恐らく新宿駅近辺でこう言う店は少ないだろう。

     

     平日だったからか、中には4,5名の2組の客しかおらず、しかしこの手の店での会食にしては結構盛り上がっている気がした。デートに使うより、会社の接待と言った感じだった。

     僕らは席に案内されて、良く分からないので「おまかせ」と言うコースを注文した。ビールで乾杯してから他愛のない会話が続く。彼女は楽しそうに見えた。僕は離婚の話をする事をひた隠し、明るく振る舞い、タイミングを見ていた。

     一年を振り返る。あんな事もあった、あれ、そんな事あったけか?こうして振り返ってみると、そんなに悪い一年では無かったかも知れない。しかし、このままズルズル行くのはもう、止めた。

     

     次第に僕は無口になった。

     彼女はそんな僕にお構いなしに話し続けた。考えてみたら、こうやって長い時間二人きりで話すこと自体が久しぶりだった。その状況を彼女は無邪気に喜んでいる様に見えた。周囲の客たちも楽しそうに話していて、店の中は少ない客ながらも盛り上がっている様相を呈していた。

     

    (そうじゃないんだ)

     

     心が少しずつ追い詰められて行った。もう料理も無くなって来ているし、これ以上飲んだら真面目に話が出来なくなってしまいそうだった。

     

    「ミリ!」

     

     僕は不意を突く様なタイミングで彼女に言った。そして、彼女の話は止まった。

     

    「今日、どうしても言いたい事があるんだ」

     

     ミリの表情が一瞬曇った様に見えた。心の底で感じていたのか。僕のその思い切りは、店内を一瞬にして止まらせた。

     そのままの勢いで思い切って言った。

     

    「俺、・・・どうしても、ミリとの間に子供が欲しいとは思えないんだ。」

     

     次の瞬間、最悪とも言える空気が周囲に張り詰める。他の客たちにも聞こえるほどの声で言ったのか、店内は全て静まり返ったままだった。彼女は早く子供が欲しいと言う話を度々していた。

     僕の言葉は真っ直ぐに彼女を突き刺した。これは離婚を示唆するもので最悪の言葉かも知れない。次の瞬間、彼女は深く俯き、拳を握りしめ、強烈な「念」を周囲に放った。ピーンと言う耳鳴りの様な音だけが存在し、店の中にいる人間の、いや存在するもの全てが凍り付いた。

     

     僕はじっと我慢していた。今、口を開いたら全てが無駄になる気がした。

     

     時間的にはほんの少しだったろうが、その瞬間はとても長く感じられた。

     そして彼女はゆっくり顔を上げて、僕を見て、意外な言葉を僕に言った。


     

    「今まで頑張ってくれて、ありがとう」


     

     その答えは小さい声だったが伝わるには十分だった。その言葉が僕の心を少なからず揺らしたのは事実だ。しかし、そう言われて何て答えればいいのか。瞬時に眼をそらす。

     彼女が本心からそう言っている事は解かっていた。しかし、その病的なまでの歓喜、感傷などの機微に今までどれだけ振り回されて来た事か。彼女の中では全てが自然で正しいのは理解しているつもりだった。しかし、それは実生活では問題を起こすのも事実だった。今、また引っ張られてはいけない。今日決めると決心して来たのだ。残酷だとは思いながら、僕は言った。これで決着が付くならちゃんと答えるべきだ。


     

    「分かってくれて、ありがとう。」


     

     僕はその時彼女の事を見る事は出来なかったので、彼女がどんな顔でそれを聞いていたのかは分からなかった。

     僕は支払いを済まし、ミリは少し僕の後を歩いた。言葉はない。

     

     

     薄らと霧が掛かっている気がした。明日は傘を持って出よう、と考えていた。

     

     

    (了) ミリ その13に続く

     

    | ミリ | 22:28 | comments(2) | - | - |

    読みました。面白いです。書くことで、古い自分の過去から解放されるのですね。 物書きの一つのスタイルですね。

    以上。
    | shibata katsumi | 2016/06/27 10:16 AM |

    解放はされないですね。後悔が蘇ります。
    ただ、当時の自分では仕方なかった、と諦めにも似た、客観視で考えられます。
    | yada | 2016/06/28 12:22 AM |