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G's voice

英会話カフェを経営している男が、それとはほぼ無関係な事を酔った勢いで、無責任に書くコーナー。途中からまじめに小説家を目指すに至る。
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ブルース・リーの話+
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ブルース・リーとかの話+

 

 若かった僕は正直アクション映画ファンでも、格闘技ファンでもなかったけれど、人並みな闘争心を持っていて、一時期ボクシングジムに通っていた。
 

 当時は会社員で小岩に住んでいる頃で、自分のアパートから歩いて30分位の江戸川沿いの「江戸川ボクシングジム」と言うところだった。あしたのジョーみたいにひなびた小さなボクシングジムで、線路沿いにあって、電車の通るガタンガタンと言う音が貧乏な雰囲気を盛り立てていた。
 

 ジムではとにかく最初は縄跳び。10分はやらないといけない。それがかなりキツイ。先輩などは、すごい低カロリーの飛び方をマスターしているみたいで、ほとんど飛ばずに粛々と続ける。ほどなく、その程度は出来る様になる。激しく頑張るのではなく、如何に少ない運動量で長く続けられるか、と言う感じを身に付けるのだ。
 つまりボクシングは持久戦なのだ。

 その後、パンチングボールやサンドバック。ちゃんと真の芯を打つ練習の日々。体に時間の感覚を覚えさせる為に、リングに上がって3分間ゴングが鳴るまでひたすらシャドー。
 リングに上がった3分間はとても長い。

 同じジムに所属する多分年下であろう、東洋3位のボクサー(メチャメチャカッコいい)のサポートをする。
 

「そうじゃないよ。こうだ」
 

 10歳近く年下の看板ボクサーに細かい指導を受ける。ボクシングはただの殴り合いではなく、技術が必要なスポーツだと再認識させられる。
 

 *
 

 相手をボッコボコにブチのめしたい。

 俺は最強だ。
 

「俺に勝てる奴がいるんだったら、かかって来いや!」
 

 寒い空気を切り裂き、歩く30分の真っ暗な帰り道、遠くの街明かりに照らされた夜空を見て拳を握り、強く思う。
 

 そんな自分最強願望の時期が男ならあるのではないか、と思う。(実際には全然強くない、てか、むしろ弱い方)。

 酒ならめっぽう強いが、酒が強い事を自慢できる時代は昭和で終わっている気がする。

 そう言った全てのひと時の思い込みは、自分の気持ちの中だけの完全な錯覚なのだ。

 

 こんな男の夢を実現してくれているのが、ブルース・リーではないだろうか。
 


 

 彼の事については、それほど良くは知らないが(マニアの方、記述に間違いがあったら教えて下さい)、映画のシーンを観て、何かを感じざるを得ない。
 鬼気迫るものがある。
 

 ブルース・リーは東洋で最初に世界的に成功したアクターと後から言われたのだが、当時は成功した訳ではなかったらしい。アメリカに渡り、片腕二本の指で腕立てをするパフォーマンスが大変ウケたと言うくらいで、有名なアクターと言う風では無かった。

 その後幻滅し香港に帰る。
 

 しかし、その後、彼は香港に帰った時点で、どれ程自分が有名であったかを知る。アメリカで成功したアクターとして迎えられたのだ。

 その後の活躍は皆が知る事になったが、世界的に有名になったのは彼の死後。

 ブルース・リーにやらてしまう可哀想な悪役はボッコボコにされるが、観ている僕らはそれが「スカッ!」とさせてくれる。自分がブルース・リーになっちゃった気分だ。映画館で思わず足も動く。

 銃とか爆弾ではなく、「体」で相手を倒す。ブルース・リーの成功の後、沢山の映画では、銃を使わず、素手の技で倒す戦いが多く見られる。

 自分の体が武器だったら、こんな心強い事はない。
 


 

 その後一部でメジャーになったブルース・リーは、常にさらなる高みを思う為か、たった11秒を惜しむかの様に、常に時間を気にして、同時に23の事を同時にやる(新聞を読みながら原稿を書くなど)様に、生き急いでいた様に見えた、と近い人達は言う。
 

 彼は32歳で亡くなった。
 

 以前から撮影を中断していた「死亡遊戯」の撮影前だったが、頭痛がすると言うのでアスピリンを飲んだらしい。その時一緒だったテディ・ティンペイ(女優)が救急車を呼んだが、ブルースは病院で亡くなった、と言うのが一般的な説だ。
 

 その時血液から大麻が検出された、とあるので、大麻服用の上でのアスピリン服用でショック死なのか。結果的には脳浮腫と言う病気によるものとされている。

 彼の息子(ブランドン・リー)も撮影中に死んでいる(襲撃シーンで何故か実弾を撃たれ殺された。(確か「Crow」って映画だと思う)。

 

 

 アメリカでは東洋人と言う事で、かなり人種差別を感じた様で、白人の奴らを上回る力と魅力をつけ、白人の女をモノにする(と本人が思っていたかは分からないが)、と白人のリンダ・エメリーと結婚する。
 


 

 だが、僕的には、

「ブルース・リーは誰かに殺されたではないか」

 と思ってしまう。もちろんそんな記録も証言も何もない。しかし、巧妙に仕組まれた可能性はある。
 

 強い生き方。負けない生き方。

 だが、彼の行き過ぎた闘争心は、映画やエンターテイメントの中でスペシャルだったとしても、「隣人」としては受け入れ難いだろう。きっと沢山の敵を作りながら生きたのだろうと思う。しかも、それを全く気にしない。強いまま突っ走る。そう言う意味では、確かに普通ではない。

 だからこそ彼はスペシャルな存在になれたのかも知れないが。

 スケールは小さいが尾崎豊とかもそんなタイプの人間だった様に思う。
 



 

 日本で言えば、力道山とか、レベルは格段に落ちるが横山やすしとか。襲われて病院送りにされて結果死んだ。

 身体はともかく、精神にて他人を寄せ付けない強さは、時に恨みを買うのだろう。
 かの有名な力道山とタッグを組んでいて、史上最強と言われた柔道家の木村政彦は力道山と一時期不仲になり、
 

「俺の方が強い」
 

 と11のシングルマッチを行う事になった。
 昭和の巌流島と呼ばれる戦いだ。

 本来なら「引き分け」だった筈のシナリオを、途中から力道山は無視して勝手な行動に出る。
 力道山の反則に対して、レフェリーに抗議している木村を突如横からチョップ、パンチとメチャメチャな展開(戦闘中ではないはずなのに)後、その奇襲攻撃で木村は落ちてほぼ脳震盪。
 動けなくなった木村をリングの真ん中に引きずり出して、更にキックを浴びせるなど、レフェリーが止めに入るが力道山の攻撃は動けなくなった木村に対して、止まらなかった。

 場内は騒然となった。

 

 木村側にしたら、力道山は強いと言うより卑怯な男として恨みが募ったのだろう。その時、かの有名な極真創始者、大山倍達(木村を兄と慕っていた)も木村側に居て、力道山のやり方に木村の為の復讐を企てた程だった。

 勿論、力道山の死に木村が関与している訳はないが(実際には暴力団組員とのトラブル)、
 

「俺が力道山を殺した」(木村)
 

 そこまで言わしめる行き過ぎな気持ちの強さがこの結果を産んだと思う。
 


 

 強い心と強い体は全く別物だが、少しはリンクするものだ。ところが、もし本当に両方を併せ持った時、とくに気持ちが強すぎた場合、そこには必ず何かのトラブルが起こる様に思える。

 何だかんだ言ってるけど、強くなるって事はそれだけ危険も多くなるって事だ。

 

 ま、弱くて良かった。
 

(了)

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