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G's voice

英会話カフェを経営している男が、それとはほぼ無関係な事を酔った勢いで、無責任に書くコーナー。途中からまじめに小説家を目指すに至る。
負のグローバル化
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    「負のグローバル化」の話

     

     日本はいい国だ。しかし、それがこれからの日本の困った状況を迎える原因になっている。

     

     ついさっきまで鉄道ファン(てかオタク)のMさん(てっちゃんにも種類があり、本人は乗り鉄だとと言う)と藤沢駅前の「ジオラバー」と言う前から気になっていた店に行った。1千万円掛ったと言う鉄道模型をカウンターの目の前に展示している、元国鉄職員の人が店長のバーらしい。Mさんはゴールデンウィークだから、満席で入れないかも知れないと心配していたが、店に着くと他に誰も客が居なかった。さらに模型も走っていなかった。静まり返った店内。大人しそうなバーテン店長。慌てて店長が3路線を走らせ、シュルシュル目の前を通り過ぎる鉄道が、小田急ロマンスカーと、もう既に廃線になった高知山線だったか、4両編の小さな電車だった。カクテルは全て電車の名前。そのちっちゃな電車が酒飲んでいる僕らの前を1分に一回くらいシュルーリーと通る。

     その話の中で、全く鉄道とは関係ない、僕が常々思っていた事の話になった。

     

    「負のグローバル化」

     

     の話である。

     

     グローバル化と言えば、世界基準に日本も合わせる必要がある、その為に英語は必須だ、とか、または海外の習慣や政治などを学び、それに即した行動やら考えやらを持つ事などだ。そうやって、他の先進国に比べ国際化に遅れている日本を世界基準に持って行け、的な事が一般的に言われている。

     しかし、同時にマイナスを受け入れる体制はどうか、とも思う。

     つまり、世界に進出するためのプラスのグローバル化がグローバル化の代表名詞なのであるが、それと共に日本が負うべき、負のグローバル化はどうなっているのか、って話である。

     

     

     グローバル化は何も国内から海外に眼を向けての事のみではない。海外から入ってくる物を受け入れる体制もその一つだ。実は日本国内にそれを受け入れるべき問題が山積みなのだ。

     つまり、来るべくしてくる、移民の問題である。これは全ての先進国が通って来た道だ。ドイツ、フランス、イギリスなど全ての先進国の先輩たちは移民に労働力を頼って国力を維持してきた。日本もこの例外にはなり得ない。そして今はそう言った国々が移民の問題で国が分裂している世界情勢がある。しかしながら、このまま行けば、僕らも同じ道を辿るしかないだろう。

     日本は労働人口が減り、このまま経済を支える事が困難な状況にも関わらず、依然としてその解決糸口は見つかっていない。外国人を受け入れる為の大きな壁「言葉」が大きな原因の一つであろう。

     ヨーロッパでは、英語を学ぶことは一般的であり、言語構造上誰しもがちゃんと習得できるので、たやすく移民を受け容れる事が出来たと思う。しかし日本は違う。どこの国でも日本語を勉強している人などは超少数だ。もし日本で日本語を話せることを条件に移民を受け入れるのなら、何の解決策にもならないだろう。日本語を話すのは日本人だけなのである。

     言葉以外に、常識と言うか世間の一般認識の違いの問題もある。日本の常識と他国の常識は違う。

     あるフランス人が言った。

     

    「日本では夜中の12時に女の子が平気でミニスカートで歩いているけど、フランスだったら普通にレイプされる」

     

     と。

     つまり、日本ではあり得ない事が外国では起こっていて、それが日本に持ち込まれるのだ。

     同じ人間だから同じ理性を持っているはずだ、人間は皆同じだと思っている。僕は人間を信じる。などとオボっちゃま君は思っているかも知れない。彼にはそのまま一生幸せでいて欲しい。

     たとえ性善説に立つとしても、やはりその育った環境や教育で皆違う価値観を持つのは当たり前だ。みんな同じではない。同じ社会で育ってもそれぞれ違うのに、違った社会で育って、それを簡単にお互い理解できるはずもない。違っているのが普通だ。

     

     

     ここで、本題の「負のグローバル化」の話。

     

     グローバル化は外に対してだけでなく、国内にもこれから大きな影響を及ぼす。

     結局僕らは歴史的に見て、移民を受け入れざるを得ない訳(ドイツやフランスで起こった様に)で、その時に日本の常識を全て身に付けている人たちが来日する訳がない。その人達(移民)は言い方は悪いが、自国で幸せではない人たち、つまりある意味負け組だったり、困窮の上だったりする訳だ。自国にいて幸せなら、移民する必要がない。その人たちは日本に来て、大半は掃除夫やガードマンやらの日本人のやりたがらない仕事に就く。その彼らは僕たちの隣人となるのだ(別のフランス人に「何で日本人が掃除をしているの?」って聞かれた事がある。フランスでは移民のやる仕事だかららしい)。

     つまり、彼らの常識を僕たちが受け入れざるを得ない事になるのだ。社会が危険になるから彼らは入れない、と言い張っていたら、日本はどんどん衰退してゆく。それは逆だ。彼らを受け入れる為に僕らが良いにつけ、悪しきにつけ、グローバル化しなければならない。日本だけの価値観でなく、世界各国、様々な人々の常識を知るべきで認めるべきだ。

     

     先ほどの例で言えば、夜中に女の子がミニスカートで歩けるのは日本だけで、そんな事をしたらレイプされる、と言うのが彼らの常識だ。それに備えて行動するべきなのだが、いやいや、日本は違う。大丈夫。皆そう言う。しかし、多くの移民を日本が受け入れた場合、実際そう言った事は起こるだろう。警察が守ってくれる。それは現在の日本だけの常識だ。もちろん悪い外国人ばかりが入って来る訳ではない。良いものをもたらしてくれる事もあるだろう。

     

     つまりそう言った、外国の常識を日本に居る日本人が身に付ける必要がある、と言う事だ。外国に行ったら解ると思うが、日本ではあり得ない事が普通に行われている。それが違う、ではなくて、そう言った常識は日本独自の物だと自覚する必要がある。そう言う本来日本では通用しない事が国内に入って来るのだ。

     

     これが負のグローバル化だ。決して新しいことを進めるのではなく、外国の習慣を受け入れて行く中で日本国内に移民を受け入れる為に日本人が意識しなければいけない事。

     ところが、日本人はそれを受け入れようとはしない。「日本に来るなら、それなりの基準を満たした人でないと」「外国人は怖い」そう思っているうちは何時までもフン詰まりの状態で、やがて日本は衰退して行くだろう。

     これは政府の問題より、個個人のグローバル化への意識の問題だ。この日本の少子化対策をどうしようと国会とかで考えているみたいだが、その為の「負のグローバル化に対する対策」は打っているのか。移民が労働力として大量に入って来たときに備えて、意識の準備を促すような対策はしているのか。

     例えば、外国人窃盗団などが犯罪を起こすと、やはり外国人はヤバい、とか思う。しかし例えば、中国の教育は全く日本とは違う。どうやら中国では「騙された方が負け」と言うのが基本的で、騙されない様に生きろ、と教えられると聞いた事がある。中国では騙す事が普通に蔓延っているので、そうなるのだろう。一方日本は単に騙すなと教える。この二つが出会った時、勝敗は明らかだ。日本では何か悪い事をしたらまずは謝れ、と教わる。アメリカでは謝ったら負けだ、と教わる。謝ると言う事は自分の非を認める事なので、相手に賠償請求などをされるからだ。これも社会の違いによる価値観の違いだ。

     

     こう言った世界でも稀に見る生ぬるい社会の日本の教育や環境には、虫の外来種が入国して、国産の虫や餌となる虫を食べ尽すかの様に、外来の人間たちがまん延する寸前にいる。生態系の変化同様な事が起こりかねない。それを避ける様に入国審査を巧妙な形でやって欲しいものである。それでもいい人も居れば信じられない人もいるのだ。それが日本に大きな変革を起こしてくれるかも知れない事も事実だ。

    全てを踏まえ、日本にそう言う人たちを受け入れ、対峙する準備が日本人に必要ではないのか。

     

     

    グローバル化と言うのは、海外に向けてだけではなく、国内に於いても迎え入れる体制として、深刻な状況を迎えていると言う事を僕ら日本人は認識すべきだ。

     

     

    (了)

     

     

     

     

     

    | その他諸々 | 01:27 | comments(0) | - | - |